今から丁度30年前、私も34歳の時でした。
前年の11月10日から、浦安市堀江武道館で稽古を開始しました。
水曜日の夜と日曜日の午前中、週2回で会員0からのスタートでした。
しかし、近所に住むB&Gの坪井さんや江戸川支部の皆さんが参加してくれ、
数名で稽古していました。
平成2年3月、突然塩田館長から「安藤、浦安で演武会やるぞ!」
「先生、まだ数名しかいませんが」と戸惑う私を振り払う様に
「とにかく浦安で演武会をやる。準備しろ!」「はい。わかりました」
3月の財団の理事会で、浦安を応援することが決まったのでした。
何故なら、そもそも「内弟子が地元で普及活動を展開する」ということも財団理事会で
決定し、私は素直に従っての行動でした。
ポスターを貼ったり、市長・議長を呼んだり、演武の内容を決めたり
その後の懇親会の会場を抑えたりと、思いつくことをやりました。
演武会当日は、観客も50名を越え、演武者と合わせると武道館も人で一杯になりました。
演武会の後、数名の入会者があり、大いに弾みがつきました。
そしてその年の秋には「中央武道館」が落成し、日曜日は中央武道館で稽古できるように
なりました。更に5年後、総合体育館が出来、浦安市の施設の発展が私を後押ししてくれました。
今、振り返ってみると本当にラッキーでした。たまたま平成元年8月浦安に引っ越したことが
全ての始まりでした。「浦安」日本国の美称でもある浦安という地の利、塩田館長はじめ財団理事の
先生方の天の利、演武会を手伝ってくれた皆さんの人の和、
「天地人」がそろった私の原点の「浦安演武会」でした。